ワークショップで日本舞踊に触れ
身体の表現から心を想像する

子どもの愛と勇気と知恵を育む
日本舞踊

5歳の頃から日本舞踊を学び、現在は教室を開いて教えたり、各地でのワークショップなどを手がける清冨智さん(東京藝術大学音楽学部邦楽科日本舞踊専攻卒業生)。着物を着崩さずに制限のある中で踊るかっこよさや、体ひとつで様々な事物や心情を表現する日本舞踊の奥深さに魅了され続けてきたという。「日本舞踊では、想像力を働かせることが大事なんです」と話す彼女が企画した小学校でのワークショップを訪れた。

森羅万象を表現する日本舞踊に触れる

2022年11月、千葉市内の小学校で開かれた「子どもの愛と勇気と知恵を育む日本舞踊」は、4年生の4クラス約120人の生徒を対象に、日本舞踊を通じて「思いやりの心を育む」ことをテーマにしたワークショップだ。

清冨さんは地元の千葉市で日本舞踊を教えていることもあり、同小学校との縁もあることから今回のワークショップ開催につながったそう。子どもたちは国語の授業で「日本の伝統」について学んでいる最中で、日本舞踊に触れる時間を設けることは、先生いわく「絶好の機会」でもあったのだという。

ワークショップが始まる前に、浴衣を持参した生徒の着付けをする様子

清冨さんを含む4人の講師陣は皆、東京藝術大学音楽学部邦楽科日本舞踊専攻の卒業生。
体育館に生徒が集まり整列すると、講師それぞれの自己紹介と日本舞踊に出会ったエピソードが語られ、生徒の興味を引きつける。着物姿の凜とした姿を前に、自然と子どもたちも身が引き締まる様子。

清冨さんの「まずは挨拶の仕方を覚えましょう!」という張りのある声が響くと、子どもたちは一斉に背筋をただした「そう、背中をぴーんと伸ばして。定規が一本入っているイメージですよ」

講師がそれぞれ生徒の間に入ってお手本を見せながら、「正座、できるかな?」「両手を顔の前に、指先で三角形をつくって」「そのまま頭を下げて“お願いします”と気持ちを込めて言うんだよ」と、声をかけていく。

講師同士のかけ合いにはツッコミがあったりと愉快で、互いに気心の知れた関係であることが伝わってくる。体を動かし始めたこともあり、子どもたちにも打ち解けた空気が流れ始めた。

ワークショップの内容は、①知識の巻「日本舞踊って何だろう?」、②表現の巻「日本舞踊を体験してみよう!」、③鑑賞の巻「私と小鳥と鈴と」の3部で構成された。

お辞儀を習った後は、日本舞踊の歴史について説明を受ける生徒たち。起源は安土桃山時代に遡り、もとは女性のための踊りだったものが「若衆歌舞伎」や「野郎歌舞伎」の時代を経て、現在の日本舞踊のかたちになっていることが伝えられた。簡潔な説明ではあるが、なかなか教えられる機会が少ないことだと改めて感じる。まずは、知ること、触れること。日本の伝統文化を守り継承するための一歩は、ここにあるだろう。

そして、小道具の出番だ。「今から“お扇子”を配りますよ~! 暑い時にあおぐものとは違って、“舞扇子(まいぜんす)”と呼びます」と講師が言いながら、一人1本ずつ配られていく。「扇子は様々なものを表現する、私たちにとってとても大事なものなんですよ」と扇子を広げて見せると、扇子を使って表現しているものは何かを当てるクイズがスタートした。

扇子を持つ手をしなやかに動かして見せると、すぐに子どもたちから「海!」「波!」という声が上がる。体とともに大きく腕を波打たせると嵐のような海が、小さく動かせば静かな波も表現できることに、子どもたちも興味津々。他にも、雨の様子や桜が舞う情景など、四季折々の自然を表現できることを見せていく。その美しい動きを真似して、ひらひらと扇子を振ってみる子の姿があった。

続いて、正座から立ち上がる際の所作や、頭の高さを変えずに歩く「すり足」の動きの練習へ。実際に体を動かしてみると、常に腰を落とした体勢で体の軸を保つのは、練習を重ねなければ非常に難しいことがわかる。「うわ、脚がぷるぷるする……」と、生徒からも驚く声が。

歌舞伎などでも馴染みのある「見得を切る」動きには、「難しいなあ」と笑い合いながら挑戦するなど、日本舞踊の基本の動きを何度も繰り返し練習する。一生懸命に取り組む生徒の姿は、愛らしく、頼もしくもあった。ワークショップの前半は、最初に習ったお辞儀をする挨拶で締め括られた。

新作舞踊『私と小鳥と鈴と』を鑑賞

ワークショップの後半では、清冨さんがこの日のために制作した新作舞踊の鑑賞会が行われた。小学校で習う、金子みすゞ作詞の童謡『私と小鳥と鈴と』を題材にした舞踊だ。詞の中にはこんな一節がある。

「鈴と小鳥とそれから私 みんな違ってみんないい」

多様性を尊重することができる思いやりのある心は、想像力によって育まれる──そう強く信じる清冨さんの、ワークショップに込めた思いが真っ直ぐに表れた演目である。


子ども達は、先ほど体験したばかりの踊りや所作が盛り込まれていることにも気づいた様子で、踊る姿を食い入るように見つめていた。 最後は生徒からの感想が述べられ、「息がぴったりなのが本当にすごいと思った」、「日本舞踊に興味を持った。公演があるときはぜひ見に行ってみたい」、「扇子を使ってどう踊るのか知ることができてすごく面白かった」といった言葉が次々と溢れてきた。

日本舞踊を通じて、子どもの想像力を育む

「私が日本舞踊で大事にしていることは、踊りのなかに“心”を入れるということです」と、清冨さんは話す。舞踊を習ってきたことで、普段から様々なものの様子を観察することも身に染み付いている。

「特に都会に住んでいると、雑踏で人々がすれ違う一瞬でさえ、誰かを傷つけてしまうことがあると感じます。私たちが生きる社会では、いじめが問題になったり、人と人の争いが絶えなかったり。 負の面ばかりを見ると悲しくなることもありますが、日頃から何かを見て想像する力を養っていれば、相手の気持ちを思いやることにつながると思うんです」

子どもの時から「想像」する練習をすることで、改善されることがあるのではないか、より良い社会へとつながるのではないか。そう考える彼女は「日本舞踊の制限された動きのなかに込められた、豊かな表現に子どもが触れる機会をこれからもつくっていきたいです」と言葉に力を込めた。

また、ワークショップのために制作した『私と小鳥と鈴と』のように、新作舞踊の制作にも意欲的だ。「見る人にあわせて楽しいものにしたり、わかりやすいものにしたりと、もっと親しみを持ってもらえるように工夫を凝らして、日本舞踊を広めていきたいです。古典から学び、どれだけ古典を逸脱しすぎずに新しいものを生み出すことができるのか。まだまだ試行錯誤が続きそうです」

左から、津上裕さん(東京藝術大学音楽学部邦楽科尺八専攻卒、企画補佐)、大田宙輝さん(同大学日本舞踊専攻卒、芸名:花柳梨道)、清冨智さん(芸名:藤蔭慧)、関根香純さん(同大学日本舞踊専攻卒、芸名:藤間倭玖河)、大嶋里衣子さん(同大学日本舞踊専攻卒、芸名:藤蔭静寿)

 

写真:高橋マナミ 編集・文:中村志保