触って味わって考える
“もの”はどこからやってきた?

Shiki-Oriori ピクニック

2022年11月、2日間にわたり開催された取手藝祭。屋外の広場で、野草茶を提供
するピクニックを企画した、鈴木希果さんと水野渚さん。土に触れ、身近にある
野草を味わうこととは。約1年間プロジェクトを続けてきた2人に思いを聞いた。

「Shiki-Orioriピクニック」の企画者、鈴木希果さん(左)と水野渚さん。2人とも東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス(GAP)専攻に在籍中

取手校地で採れた野草のお茶で、ピクニック

2022年11月26~27日に開かれた取手藝祭を訪れた。
キャンパスの敷地に入ってすぐの場所にある藝大食堂では、学生や藝祭を訪れた人々が食事やコー ヒーを楽しんでいた。テーブルには、草木で染められた淡い色のテーブルクロスが敷かれている。


藝大食堂にて。草木染めのテーブルクロスが敷かれたテーブルに、ワークショップが開かれた際の映像も

食堂を出ると、隣の屋外広場には柔らかな日差しのもと「Shiki-Orioriピクニック」の準備に勤しむ、鈴木希果さんと水野渚さんの姿があった。
2人が机に並べているのは、少しいびつな形をした手づくり感に溢れる器の数々。取手校地で飼育されているヤギの糞尿を含んだ土を使って焼成されたものだという。これまで1年ほど続けてきた「SHIKI-ORIORI」プロジェクトの中で、地域の人も参加したワークショップを通じて制作された作品である。


ワークショップ「ヤギPoo陶芸の器つくり」で制作された作品。ヤギの角を押し付けて模様をあしらった器など、個性豊かな形が楽しい

取手校地で飼育しているヤギ

そして器の隣には、“お茶”の種類を記したメニューと共にお湯を入れたポットと草葉。それに、キラキラと輝くお茶請けの“琥珀糖”(寒天や砂糖を使った菓子)が。琥珀糖もお茶も、取手校地の敷地内で採れた「ススキ」、「クサギ」、「クリ」、「セイタカアワダチソウ」といった野草からつくられている。口に含むと、気持ちのいい外気や景色も相まって、その素朴な香りと味わいに心が解けていくようだった。

受付で野草茶と琥珀糖をふるまう鈴木さん


取材時に提供されていた野草茶は、クサギとススキ。シソ科のクサギは特異な匂いをもつことから「臭木」と呼ばれていることや、イネ科のススキは茅葺き屋根に利用されることなど、特性や効能が記された説明書きも展示された。

取手藝祭が開かれている間、ひっきりなしにお客さんが訪れる。「ちょっとお茶でも飲んでから展示 を巡ろうかしら」と気軽に立ち寄って、好みの野草を選んで椅子に腰かけ休憩する人や、「ススキを 飲むなんて。でも、おいしい」と、驚きながらお茶の味を楽しむ人も。

円状に置かれた椅子の真ん中には焚き火もあって、暖をとることができる。手が空いた時は鈴木さ んと水野さんも地元に住まう参加者との会話を楽しんだり、プロジェクトについて説明をしたりし ながら、終始、のんびりと居心地のいいピクニックの時間が流れていった。



身近にある自然を五感で再発見

「SHIKI-ORIORI」プロジェクトで、鈴木さんと水野さんは約1年をかけて茨城県取手市の小文間と高須地区を中心にリサーチを続けてきた。草木染めや、地域の季節や土を五感で体験するピクニック、取手校地に生えている野草を使ったレシピの開発、取手校の敷地内で飼育しているヤギの糞尿を含んだ土を用いた器づくりなどを行い、その一環として開かれたワークショップには、取手校地に通う学生をはじめ地元の人々も参加した。

「ヤギの糞が混じった土を使った器づくりのワークショップでは、“臭くないの?”と抵抗感をもつ人もいれば、逆に、“面白いね!”という感想もありました。以前開催した野草茶をふるまうピクニックでも、雑草のような草をお茶にできるんだと驚く人もいれば少し怪訝な反応の人もいて。でも、どちらの反応もごく自然なことですよね」と、鈴木さんは話す。

「器づくりではヤギの糞にも触ってもらいました。実際に手で確かめてみると、意外とさらさらして いて、あまり抵抗なく触れられることを実感してもらえたと思います」(鈴木さん)

普段は気にも留めない道端の野草や、汚いものとして捉えがちな動物の排泄物。それを「味わう」「触れる」といった感覚を通じることで、身近に感じ改めて考えさせられる。今回のピクニックでは、のんびりと過ごす時間にありがたさを思う一方で、身体に取り入れる体験はその後も強い記憶として残るのだと感じた。

水野さんは、「五感を使うことで、自然や生活という本質的なものに目を向けてもらえたらいいなと思うんです」と言う。「遠くに行かなくても、実は私たちの身のまわりには食べられる美味しい植物があるし、布を染めることもできます。特に、何かを食べるという行為はその素材と自分が同化するというか、自分と環境は簡単に切り離せないものだと感じさせてくれる。そんなことを伝えていきたいな、と」

ピクニックで使った椅子にかけられた草木染めの布

キャンパス内に自生するススキを案内してもらった。「穂も葉もどちらもお茶になるんですよ」と、鈴木さん

“土” を知る大切さ

学部生時代には陶芸を学んだ鈴木さん。素材となる土や粘土に触れるのは当然のことだったが、「素材が山や大地につながっていることを深く考えたことはなかった」と言う。東京で生まれ育った彼女の意識が次第に変化していったのは、取手校地で学ぶため取手市に移り住んだことがきっかけだったそう。「都心から離れて生活するうちに、陶芸の原点である土や大地、山というものに自分がどう関わっていくのかということに向き合うようになったんです。土自体に興味を持つようになってい ろいろと調べる中で、“土食文化”というものが世界各地にあることを知ったり、土の成り立ちを学んだりしました」

「都市化が進む中で、昔の生き方に戻れ、というのも違うと思う。だから、都会で生きていながらもどうやって土を感じることができるのか。アートプロジェクトや表現を通じて、土を実感できる方法を模索していきたいと考えています」(鈴木さん)

一方、水野さんは、大学で国際関係や国際開発・協力といった分野を学んだ後、社会人を経験している。 国家公務員として国と国をつなげる業務にあたるうちに、「大事なのは、一人ひとりの人間関係だ」と強く感じるようになった。徐々に、アートやデザインを通じて個に働きかけることができる分野へと興味はシフトしていった。

「今は、食べ物や何かを作る時も、素材はどこかで買ってくることがほとんどですよね。でも、自分 が日常的に使っているものが、もともとどうやってできているのか知ることはすごく大事。私たちを成り立たせてくれている基盤のようなものに気づくきっかけづくりをしたいなと思うんです」(水野さん)

また、「どこまでが食べ物で、どこまでが腐ったもので、排泄物なのか。どこまでが自然で、どこまでが自分で、他人なのか。そんなことを考えながら表現していきたい」という水野さんの言葉も印象的だった。

今回の“ピクニック”を、今後、花見や行楽のおりに思い出すことになるだろう。名もない雑草や、土に、視線を向ける機会も増えそうだ。

 

写真:高橋マナミ 編集・文:中村志保