仲間をどんどん巻き込んで還暦を迎える。
自分が主体となって祝うダンス公演!
RockziU
―それはただの通過点―
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安部田そらのさんと天野暢子さん
「プレゼン・コンシェルジュ」という肩書きで多くの著書を持つ天野暢子(のぶこ) さんは、三十年間の社会人生活を経て、東京藝術大学大学院美術研究科で学んだ。 60歳を迎えるにあたり、祝う方法はもっと自由でもいいのでは?──そう考えて いた。そこで、「本人が主体となってお祝いしたっていいじゃない!」と企画し たのが自身の還暦祝いだ。そう、彼女が幼い頃からずっと続けてきたダンスを中 心にした「公演」を開催することに決めたのだ。
家族や友人とつくる還暦ダンス公演
2022年9月17日。会場は、東京都北区にある赤羽会館の大ホール。ダンス公演「RockziU(ロクジュウ)」のために用意した約100席は、ほぼ満席となっていた。お客さんの年齢層は親子連れからお年寄りまでと幅広い。
この日、予定されていたのは25の演目だ。バトントワリング、クラシックバレエ、ポップス、ボリウッド、デュエットダンス、ZUMBA(ズンバ)……と、さまざまなジャンルのダンスが、天野暢子さんを含む総勢24人の演者によってテンポ良く次々とステージで繰り広げられていく。
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オープニングで出演者が入場する場面
実は、この出演者というのは、天野さんの母親と妹二人、姪(めい)に友人たち。これまでの60年間で、偶然とも必然ともいえる「出会い」を通じて、彼女が親交を深めてきた仲間なのだ。ほとんどはプロダンサーではないのだが、ダンス公演を企画するにあたり天野さんが声をかけると、「もちろん参加するよ!」と、二つ返事で公演に協力してくれた人たちである。
そのためか、見ていて、楽しい。親しみの持てる自作の衣装や小道具に、誰もが聞いたことのある 曲をちりばめたり、笑いを誘うコントのような芝居があったりと、工夫を凝らした構成になってい るのも飽きさせない。何より、踊ることが好きだという皆の気持ちがよく伝わってくるためか、見 ているこちらもなんだか熱くなってくるのだ。出演者全員のその姿や表情を通じて、“天野暢子”と いう人の人柄や生き様までもが想像できるような気がした。
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最年少チームが踊るバレエ
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『天使にラブソングを』に乗せて踊った家族ダンス。右が天野暢子さん、中央と左に写るのが妹、左から2番目が母の千代子さん
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リズミカルな動きが楽しい「デンマーク体操」の一場面。コミカルな衣装にも注目!
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『穴』を題材にした朗読と舞
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ラテン系のダンスをベースにしたダンスエクササイズ「ZUMBA」の演目。右に写る90歳の河野富貴子さんは、「週に5回はスポーツジムに通って、体を鍛えていますよ!」とのこと
あっという間に1時間ほどが経ち、フィナーレを迎える直前に会場は暗転。スライドショーが始まった。幼少時代の天野さんの写真や、家族や友人たちと過ごした時間が感じられる写真が映し出されていく。最後は、「これまでかかわってくださった皆さんに感謝」という天野さんのメッセージで締め括られた。その言葉に彼女の全ての思いが詰まっているともいえるだろう。
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会場のスクリーンに投影されたスライドショー
いよいよフィナーレでは舞台上に出演者全員がそろい、観客の手拍子に合わせて笑顔のダンスが披露される。事前の舞台美術制作ワークショップの参加者たちでつくった「RockziU」という文字が掲げられ、公演は終了となった。
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天野さんを中央にしたフィナーレの様子
超高齢化社会における新たな“お祝い”
公演の後日、天野さんと、プロデューサーとして公演を支えた安部田そらのさん(東京藝術大学大 学院美術研究科修士課程修了生)に、改めて話を聞いた。
「実は、本番当日に初めて全ての出演者がそろったんです」と、天野さん。というのも、出演者の年齢は一番下が13歳の中学生、上はなんと90歳の大先輩で、50代~80代のシニア層が大半だ。遠方に住まう人もいたり、仕事があったりして、当然ながら毎回同じ場所で練習に集まるのは難しかった。 オンラインで打ち合わせをして、動画を共有しながらコミュニケーションをとり、それぞれが練習に励んできた。
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各演目の進行を細かく記載したRockziUの記録のノート。なかには母・千代子さんの書いたダンスの配置図の資料もあった
そこには天野さんのこんな思いがある。
「超高齢化が進む日本では、生涯の未婚率も上昇しています。これから独身高齢世帯が急増するということですよね。でもこれまでの日本では、金婚式などの結婚記念日や還暦などの長寿祝いは、子どもたちが計画することがほとんどでしょう?だから、子どもや孫がいない私や私のような人たちも、自分自身でイベントを企画したらいいのではないかと思うんです。家族だけじゃなくて、周りにいる人たちに協力をしてもらう、お祝いの方法を提案したいな、って」
一方、安部田さんはこう話す。
「ドイツを訪れた際に学んだことがあるのですが、ドイツでは自分の誕生日を自分がホストになって祝う文化があるんですよね。すごくいいなと思って。私自身これまでいろいろな活動を通して、金銭のやり取りではなく価値交換による共生社会をつくるということが重要だと考えるようになったのですが、RockziUの話を天野さんから聞いた時も、“待つ”のではなく、自分で場をつくるってなんていいんだろう、とすぐに賛同させていただきました」
ただ、これだけの人数を集めて公演をつくるというのは、並大抵のエネルギーではない。天野さん の天性のようなアクティブさが、実現へと導いたのだろう。例えば、櫻庭真知子さんとの出会いは、 以前登頂したドイツの最高峰ツークシュピッツェでのこと。山頂で楽しげに踊り始めた櫻庭さんの 踊りを見て、天野さんがその場で「私のダンス公演に出てください」と誘ったのだという。「私、ダンサーじゃないけどいいの?」と少し戸惑いながらも「もちろんオッケー!」と答えた櫻庭さんだったが、公演後には「とっても楽しかったわ」と、爽快な笑顔を見せていたのも印象的だった。
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中央が櫻庭真知子さん
また、天野さんが演劇やダンスを通じて知り合った乾光男さんと草山太郎さんとは、付き合いも長い。いわゆる“女装”をして、相川七瀬の楽曲「夢見る少女じゃいられない」に合わせて披露したダンスには、観客の中には少々面食らった様子の人もいたが、ジェンダー問題について一石を投じる内容だった。
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左が草山太郎さん、右が乾光男さん。二人は京都を中心に活動する「ロスホコス」という“おやじダンスチーム” のメンバーだ
また、「デュエットダンス」を発表した、宝塚の大ファンである小嶋映美さんは、「お客さんが本当に温かく見守ってくれて、感激でした!」という熱いコメントを。そして、多くの演目で活躍しチームを引っ張った前元志保さんは、「天野さんとの出会いは十数年前のこと。その間にあったいろいろなことを思い出して、涙が出ました」と目を潤ませていた。
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小嶋映美さん(右)と小嶋さんの友人である鈴木知子さんが披露したデュエットダンス
「年を重ねること」を問い直す
客席から公演を見守った安部田さんは、改めて振り返ってこう話した。「“人様に迷惑を掛けないように”って日本ではよく言われることですけど、どんどん人を巻き込んで自分に関わってもらうって、すごくいい在り方だと感じました。これからもっと必要になってくるんじゃないかな、と。こうやって年を取ることを祝って、もしかしたらお葬式だってネガティブなものではないやり方があるのかもしれないと、すごく前向きなパワーをもらいました」
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開演を目前に入念に打ち合わせをするスタッフの方々。会場の入り口には天野さんが子どもの頃にバトンの発表会で着用した衣装が飾られた
年を取ることは怖いことだろうか──いや、家族も友人もそのまた友人もつながって、一つのものを つくることに一生懸命になれたら、これほど素敵なことはない。汗をかいて、笑って、涙して、いまの自分自身を表現するという「お祝い」の方法があることを見せてくれた。そして、年を重ねることはもっと自由であっていいんだよ、という天野さんの思いがぎゅっと詰まった公演、「RockziU」であった。
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そして天野さん、これからも動くことを止める気配はない。夢は、彼女が暮らす北区を「踊りの町」にすることだ。「町の公園に人を集めて、みんなで踊ることを楽しむコミュニティをつくりたいですね。いつか北区発祥の踊りが、全国に広がっていったら最高です!」
写真:高橋マナミ 編集・文:中村志保