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子どもと時間を共有できる空間を。

夏休み子ども自習室

2018年に東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻を修了し、現在は研究員として、未来のために働きかけるビジョンを掲げるNPOなどの活動に携わる佐藤絵里子さん。今年の夏休み期間中に開催したのは、「夏休み子ども自習室」。葛飾区にある会場を自習室として子ども達に開放し、14日間にわたってワークショップを開いた。そのうちの一つ、「Tシャツとダンボールで織物をしよう」を訪れ、佐藤さんにプロジェクトへの思いを聞いた。

左から二人目が佐藤絵里子さん

身近なものごとを観察すること

子ども達にとって、新型コロナ禍で3度目となった今年の夏休み。「子ども達が気軽に参加し、対話 ができる場を作りたい」という思いから佐藤絵里子さんが企画したのは、小学生のための学びの空 間「夏休み子ども自習室」。開催地は、佐藤さんが幼少のころから暮らす、馴染みの深い葛飾区だ。「にこわ新小岩」、「かなまちプラット」、「ふれあいサロンあきみつ」という3カ所の公共施設を借り、スタッフが常駐する自習室として、子ども達がいつでも立ち寄れる場所を設けた。さらに、さまざまなワークショップを企画し、計14日間にわたって開催した。

「当たり前のことですが、どんな人も“子ども時代”を経て大人になりますよね」と、佐藤さんは話す。しかし、大人になるとそのことを忘れてしまいがちではないだろうか。東京藝術大学の学部生のころから、環境をテーマにしたプロジェクトなどに携わり、平面、立体、デザインなど、さまざまな表現方法に取り組んできた佐藤さん。だが、関わるどのプロジェクトにも通底していたのは、「身近なものごとを観察すること」だったという。次第に、ものを“つくる”ことに捕われず、ものを“見る”ことの可能性について興味を持つようになった。

「何をしてきたのか?――それが人を形づくる大事な要素だと思うんです。いろいろなプロジェクトでの経験を通して、だんだんと子どもがテーマになっていきました。自分らしい方法で子ども達と関わっていきたい、と」

「Tシャツとダンボールで織物をしよう」

「気持ちを身体で表現してみよう!」、「地球を守ろう~みんなで考えるゴミのこと~」など、8テーマほどのワークショップが8月のカレンダーにびっしりと並んでいた。今回見学をさせてもらったのは、「Tシャツとダンボールで織物をしよう」という内容だ。会場には、地元の情報掲示板を見たり、口コミを聞いたりした親子連れが集まる。「当日の飛び込み参加もオッケーです!」と佐藤さんが言うように、ふらりと立ち寄る子どもの姿も。すでに何度か参加した子もいるようで、佐藤さんをはじめとするスタッフと気さくに挨拶を交わしていた。






用意された材料は、着なくなったTシャツに、ダンボールで作った織り機、カラフルな糸、ハサミなど。ワークショップの講師から手描きイラスト入りの“説明書”が配られ、説明を受けるとさっそく取りかかる子ども達。実際の機織りを見たことがある子もいたようで、ミニチュアさながらの“ダンボール織り機”に、「わあ!」という声が上がった。



ひも状に切ったTシャツを、タコ糸を巻いたダンボールの織り機で編んでいく。Tシャツとダンボー ルという身近にある素材を使い、カラフルな布が目の前でできていく。黙々と作業に集中する子や、 兄弟で競い合うように取り組む子の姿もあった。

ワークショップでは、佐藤さんが講師になることもあるが、今回は講師のお手伝いという役割。子 ども達と会話を楽しみながら、難しい作業があればアシストする。2時間ほどを費やし、温もりに溢 れたなんとも愛らしい作品が完成した。


完成したブローチやタペストリー、コースター

信頼関係を築くこと、継続すること

「夏休み子ども自習室」は、佐藤さんが、東京藝術大学の学生時代の仲間や地元の友人など、子どもとの場所づくりに興味を持つ数人に声をかけ、実現したプロジェクトだ。

夏休みを終えた今、プロジェクトを振り返り、佐藤さんはこう話す。予想以上に子どもは独創的です。集中力が途切れ、部屋を動き回ってしまう子どもだっている。いかにみんなが安全に、安心して、時間を過ごせるかとスタッフで話し合い、回数を重ねるとともに改善をしました。また、短い時間の中でどのように関係性を築くことができるのか?ということは、今後も考えていくべき課題ですね」

さらに、「今回のプロジェクトは、もちろん子どものことを第一にしながらも、“実験”をさせていただいているんだと考えています。ですから、1度きりで終わってしまうのではなく、今後につなげていくことが大切だと思うんです」という。

夏休みに開催した規模で定期的に行うのは厳しいけれど、月に1回でも継続していくことが大事なのではないか、とスタッフの振り返りミーティングでも話題になった。何度か参加してくれた子どもから「夏休みが終わったら、もうおしまいなの?」と尋ねられたことも心に残る。「こういった場所づくりを続けていきたいと思っています」

ワークショップの様子

「夏休み子ども自習室」の入り口

アートが社会の中でできること

「いま私たちが生きる社会は、一人ひとりが好きなことや得意なことを生かせる環境ではないと感じます」と、佐藤さん。「『多様性を受け入れる社会』と言うけれど、むしろ個人が社会に合わせる形で暮らしていることがほとんどではないでしょうか」

理想を言えば、学生がもっと自分を生かせる仕事に出合うことができるようになったらいい。社会の中で身体的・精神的を問わず生きづらさを感じている人々が、障壁を取り払って過ごしやすい社会になるといい。そう願っている。

「人はアートを選べるけれど、アートは人を選べません。社会や人のために何ができるのか? と、いつも考えていますが、実践者ができることは限られています。ですから、悩みながらもやはり、やりたいことを大切にしよう、と思います。“上手につくる”ことが大事なのではなく、大事だと思うことをアートで表現すること。それがいつか多様な人々を認め合うことにつながるのだと信じています」

価値観が大きく変化する今、アートを通じた働きかけによって、身の回りにあるかもしれない“可能性”に少しでも気づくことができたら。佐藤さんは自分自身にも問いながら、今後も社会の中で対話を続ける。

 

写真:高橋マナミ 編集・文:中村志保