病院のベッドの上にも、アートを。
親子で「触感」を楽しめるワークショップ

子ども病院で実践する
療育ARTS 2021

長野県立子ども病院にて(2017 年)  撮影:石川真悠

長野県立子ども病院の第2病棟は、重度の障がいをもつ子どもたちが入院する場所だ。東京藝術大学美術学部デザイン科の卒業生で、現在は同科のインストラクターを務める丸山素直さんは、2017年から継続的に、教員や学生たちと共にチームをつくりながら、プロジェクトリーダーとして同病棟内での療育ARTSの在り方を模索してきた。コロナ禍も病院のスタッフと遠隔で交流を続け、試行錯誤を重ねてきた丸山さんに、プロジェクトについて話を聞いた。

丸山素直さん率いるチームが手がけた、長野県立子ども病院の第 2 病棟の装飾(2017 年) 画像提供:丸山素直

人々がアートに触れる機会を増やしたい

まず、丸山さんと同病棟との最初の交流となった2017年度のプロジェクトでは、病棟の内装をデザインした。コロナ禍の2020年度には、除菌の必要性から、子どもたちが共有で使っていた玩具は一時的に排除された話を聞き、一人ひとりがベッドの中で遊べるように子どもたちがアートに触れるための玩具を制作し、クリスマスにプレゼントした。

そして迎えた2021年。コロナ禍で関係者以外は病院に入りにくくなっていたなかで、看護師や保育士と励ましあいながら「こんな状況だからこそできることもある」と実施したのが、「子ども病院で実践する療育ARTS 2021」だった。

丸山さんがこれまでに発表してきた作品は、絵画や洋服のテキスタイル、パッケージや広告のイラスト、デザインなど、多岐にわたる。また、10年ほど前からはワークショップデザイナーとしても活動し、国内外の教育機関や病院などの福祉施設でイベントを実施してきた。

「肩書きがなんなのか、自分でもわからない」。丸山さん自身もそう言うように、彼女の取り組みを 一言で説明するのは難しい。しかし、すべての活動において一貫したテーマをもっている。それは、「人々がアートに触れる機会を提供すること」。時と場所、かかわる人々によって手段や方法は変わっていくが、一貫したテーマは、常に変わらない。

丸山さんがこれまでに実施してきたワークショップを見てみると、わかりやすい。さまざまな地域で泊まり込みながら、たっぷり制作時間がある場合は、子どもたちと絵具やクレヨンを使いながら、全身を使って大きな作品をたくさんつくってきた。一方で、デパートの子ども服売り場では、着ている服や商品が汚れないように配慮し、さまざまな種類の紙などをつかった表現素材をデザインして、それらを使ったワークショップを開催。東日本大震災以降は岩手県大船渡市で保育園から小学校、高校、そして介護施設まで幅広く活動を企画し、2014年から同科の藤崎圭一郎教授やデザイン科学生と共に活動をずっと続けている。

「私がワークショップを行う目的は、自分の得意なスキルを広めることではない」と、丸山さん。前述のように、普段はアートにあまり接点をもたずに暮らしている人たちが、「楽しい!」と実感しながら、アートに触れる機会や場をつくり、少しでも心や生活が豊かになることが目的なのだ。「だから、ワークショップを行う地域や環境、集まる人の属性によって、企画する活動は変わってくる。デザイナーとしての思考が役立っているのだと思います」と、丸山さんは話す。

長野県立子ども病院の第2病棟との交流では、丸山さんのこうした柔軟なスタンスが生かされ、その時の病院のニーズや、院内の状況に合わせて、形を変えながら療育ARTSを制作してきたという。

渡り鳥が、子どもたちに外の世界を見せてくれる

2017年の「長野県立こども病院第 2 病棟の内装デザイン」プロジェクトは、「子どもたちが安心して楽しく過ごせる空間をつくる」という目標をもった、東京藝術大学とニュースキンジャパンの共同事業から始まった。
丸山さんは、藤崎圭一郎教授の紹介でこのプロジェクトに出会い、当時の副学長である松下功教授らと現地の視察や話し合いを進めながら、急遽、助手や学生を含めたチームを組んだ。

施工には、地元の工務店の職人に協力を仰いだ

病棟の廊下部分。幾何学形態のマグネットのほか、病院付近に毎冬集まってくるという白鳥や、地元の名産であるリンゴの木、虫などを制作。子どもたちが看護師や家族と自由に遊ぶことができる

病棟の廊下と病室の間にある窓枠に設置されたオブジェ。パーツは取り外しができ、移動させて遊ぶことができる 画像提供:丸山素直

もともと、病棟内には看護師さんや保育士さんの手作りのモビールや、かわいらしいイラストが飾られていたが、全体的に年季が入りやや暗く、「楽しい気持ちになれる空間」と言える印象ではなかった。それをアートの力で明るく、やわらかいものに変えてほしい。それが、病院側からの希望だった。病棟で暮らす子どもたちにとって、そこを訪れる保護者にとって、過ごす時間が楽しくなる場所にしたいと丸山さんは思った。

デザインを考えるため、プロジェクトメンバーはまず現地を訪ねた。病棟内をまわってみて実感したのは、「重度の障がいをもつ子どもが入院している」と言っても、その過ごし方は子どもによってさまざまだということだった。呼吸器をつけたまま歩ける子もいれば、自力では立つことができず、ベッド暮らしの子もいる。なかには、生まれてから一度も外に出ることができないまま、ずっと病棟で過ごす子どももいる。

次に病院の周辺を歩いてみると、近くに池があることを知った。聞けば、毎年冬になると、多くの白鳥がここに来るという。これらをヒントに、丸山さんが立てたコンセプトが、「病棟の外の世界を知らない重い障がいをもった子どもたちに、渡り鳥の白鳥が世界を旅して、さまざまな風景や文化を教えてくれる」だった。

病棟内に設置された白鳥のモビール 画像提供:丸山素直

さらに、インターネットで白鳥の生態を調べ、動画を見てみると、まるでラッパを吹くように鳴くことがわかった。それなら、院内を飛びまわる白鳥たちの名前は、鳴き声にちなんで「ぷうぷう」と「くうくう」にしよう。子どもたちやその家族、そして制作チームが親しめるようにするためのアイデアだった。丸山さんはいつも、プロジェクトチームも楽しんで取り組めるように、居心地のいいチームづくりも配慮しているという。

いろいろな国の衣装を着た「ぷうぷう」と「くうくう」と名づけられた白鳥のオブジェたち

丸山さんが制作した紙の白鳥。白鳥の柄は、さまざまに入れ替えることができる。病棟内でのワークショップで使用した

「病室や廊下のエリアごとに、アジアやアフリカ、ヨーロッパなど内装のデザインを分けました。世界中の民族衣装を着た白鳥の『ぷうぷう』と『くうくう』が各国を巡り、いろいろな国の建物や動物に出会い、また病院の近くの池に戻ってくる、というストーリーをつくりました」

ベッドサイドでも遊べる玩具を通じて、アートに触れる

ところが新型コロナウイルスは、「ぷうぷう」と「くうくう」にも影響をもたらした。清掃や除菌を第一優先とさせるために、一時的に撤去しなくてはならなくなったのである。こんな時期だからこそ、病院で過ごす子どもたちがアートに触れる機会をつくりたい。それは、病院側と丸山さんに共通する思いだった。

そこで丸山さんは、メールや電話で現地の様子を聞き取り、オンラインでの打ち合わせも重ねながら、「子ども達がそれぞれベッドサイドで遊べる玩具をデザインする」というテーマを決めていった。

玩具の条件は、「力が弱い子でも遊べるもの」「(拭いても劣化しない)除菌できるもの」「もし口に入れてしまっても、害がない素材」「見て触って楽しいもの」「物語が生まれるもの」「一人でも、看護師さんと一緒にでも遊べるもの」。

2020 年に制作した、ダンボールを使った玩具。動物や建物、木などのなかに、抽象的な形をしたパーツも混じり、果物や風船などにも見立てられるのが魅力だ

これらをふまえて丸山さんが提案したのが、コロナ対策の為に撤去されてしまった動物や建物、食べ物の形に切り抜いたダンボールの玩具だった。特殊な印刷で加工しているので、ダンボールが劣化しにくく、イラストも消えにくい。また、この玩具をしまうための箱にも丸山さんは工夫を凝らした。あらかじめ箱に溝を施し、そこに部品を差し込んで、自分なりに想像しながら物語や風景をつくれるようにしたのだ。

主催者不在でも実施できるワークショップを模索

コロナ禍も2年目となった2021年、病院からのリクエストは、「触感」を楽しめるワークショップを開催すること。その背景には「新型コロナウイルスの影響で病室から室外に出ることさえも難しくなってしまい、五感を刺激される機会が減ってしまった子ども達を楽しませてあげたい」という、看護師、保育士の思いがあった。

再び、電話やメール、オンラインでの打ち合わせを通じて丸山さんは病棟内の様子のヒアリングを重ねた。本来なら丸山さんが現場でワークショップを開催したいところだったが、感染予防の面から、現地にいくことは控えた方がいい。では遠隔で行うとすれば、どんなことができるのか。そんな視点から、丸山さんの模索が始まった。

そのなかで編み出したのが、東京でワークショップ用のキットを制作し、送付する、という方法だった。キットの内容は無地のトートバッグ2枚を1枚の段ボール板にセットしたものと、いろいろな色のスタンプ台、それから、ステンシルの型をつくるためのシールやハサミなど。


病院でのワークショップの様子 画像提供:長野県立子ども病院

ワークショップで作るのは、オリジナルのトートバックだった。トートバック2枚を1セットにした理由は、病院で子どもたちが使う用と、家族が家で使う用である。まず、思い思いの形にシールを切ってステンシルの型をつくる。次に、シールをトートバックに貼って、その上からインクスタンプ台を押していく。すると、シールをはがしたときに、型どった部分だけトートバックに色がつき、2枚おそろいのトートバックが完成する、という仕掛けだった。
これなら、特殊な説明や技術も不要だ。現地にいる子どもやその家族、看護師や保育士さんたちだけで簡単に実施できるはず。しかも作品は、離れている家族とおそろいで、日常的に使えるものになる。それが、丸山さんの考えだった。

当初、ワークショップは一日で行う想定だったが、結果的には一週間近い時間をかけてじっくり開催した、という報告を受けた。看護師や保育士が、分散して各子どものベッドをまわり、家族とともに、 1組ずつ丁寧に取り組んでいったのだと言う。

「後から写真を見せてもらったり、スタッフの方達から話を聞いたりしたところ、みなさん、とても楽しんでくれたようです」と、丸山さんは話す。「なかには型をつくらずに、赤ちゃんの足の裏にイ ンクを塗り、バッグに足跡をつけたご家族もいるようです。みなさんが、自分なりのアイデアでキットを使ってくれたことがとても嬉しいです」

病院で過ごす子どもたちのために、アートができること

2021年の「I LOVE YOU」プロジェクトの募集要項では、「SDGsが示す17の目標と169のターゲットに貢献する企画」であることが要件の一つとして記された。17の目標のうち、丸山さんは、「質の高い教育をみんなに」と「すべての人に健康と福祉を」という2つの目標を選んでいる。

「重度の障がいをもっている子どもたちは、病院の外に一度も出ることができない生活を送っています。そんな子どもたちにも、少しでも楽しみながら教育に触れることができる療育ARTSをデザインしたい」と、丸山さんは言う。「世界中の子ども病院ではさまざまな工夫がされていますが、日本では、古いまま変わらない病院も多い。長野県立子ども病院での取り組みを多くの人々に知ってもらい、医療の発達だけではなく、芸術にできる効果を発表し、持続ある活動にしたい」

病院側では、新たに丸山さんに期待していることがあるそうだ。というのも、2017年度には時間と資金の関係で病棟内の一部しか内装工事をできなかったため、まだ手付かずの部分が残っているのだ。そこを、丸山さんにデザインしてほしいのだという。「私自身も、今後もこの交流を続けていきたいと思っています」と話す丸山さんの笑顔はやわらかく、同時に、療育ARTSにかける強い思いも感じさせた。

 

写真:高橋マナミ 文:吉田彩乃 編集:中村志保