歴史ある教会建築の空間で、
「違い」を享受し、響き合う作品たち。

Beyond Each Other

ロザリン・ウィルソンによる、コンクリートと石で制作された《nothing but earth and stone》(左)と、ワックスやガラス、ファウンド・オブジェクトを用いた《Waning》(右、ともに 2021 年)

大切な人との時間や一人の時間、自然や動物との対話、芸術文化への愛 ――。大きな意味での宗教に限らない、誰のなかにもきっとあるだろう、そんな人生の拠り所となる何かへの思いを、「信仰」という切り口から考える展覧会「Beyond Each Other」が、ロンドンにて2021年8月28日~ 9月19日に開催された。東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻の卒業生で、ロンドン在住のアーティスト・小林みなみさんが企画し、多国籍のアーティスト5名が参加。舞台はなんと、1865年に建設された教会だ。

儚く、親密な、個人の領域をテーマに

展覧会の会場となったのは、ロンドンのイズリントン区ハイバリーに建つセント・セイヴィアー教会。イングランド国教会が管理する、壁画装飾やステンドグラスも美しい貴重な築約150年のネオゴシック様式の建物を舞台に、国籍もバラバラな5名のアーティストが作品を展開した。その多くは、移民として故郷を離れた地で活動している。

この一風変わった展覧会の背景には何があるのか。企画者のアーティスト・小林みなみさんにリモートで話を聞いた。

セルフタイマーで撮影した記念写真。左から、ロザリン・ウィルソンさん、小林みなみさん、グレイス・マッティングリーさん、サルヴィ・デ・セナさん(浜口京子さんはニューヨーク在住のためリモート参加)

小林さんは愛知県出身。母の実家がお寺だったことや、元新聞記者で「平家物語」を研究していた父の影響もあり、幼い頃から「移ろっていくもの」や「諸行無常」の考え方、アニミズム的な世界観に親近感があった。「何かあると月や樹にお祈りしたり、なぜか折れた鉛筆の芯を大事に集めていたり(笑)、そんな子どもでした」(小林さん)

10代の頃から、一貫して「人のプライベートな、誰にも見せないような領域」に対する関心を抱いている。現在も、人や生き物の脆弱性、部屋など私的な空間を作品のモチーフとすることが多いという。

そんな「儚いもの」「親密なもの」への関心は、メディアの選択にも表れている。東京藝術大学では、主に水墨画を制作。シカゴ美術館付属美術大学大学院に進学してからは、テンペラ画や油彩画を始めた。どれも、よく宗教画に用いられる技法だ。渡米後は並行してセラミックの制作も開始。その魅力は、「細部までコントロールできる絵に対して、土の状態や気候で予想外のことが起きて、自然との対話の感覚があること」だと話す。

一貫した関心の一方で、日本を離れて強く意識するようになったこともある。それは「自分が女性で、日本人で、アジア人であること」。海外の女性の現実を知ったり、個人の意見がアジアや日本を代表するものと捉えられたり、日本での「当たり前」に違和感を覚えたり。そうしたなかで、「自分の絵はいろんな背景を持つ人が見ることを意識するようになりました。たとえば“肌色”も、自分のイメージだけで描かないようになった」と言う。

セント・セイヴィアー教会の外観。現在はフローレンス・トラスト(画家のパトリック・ハミルトンが 1990 年に設立)の運営により、2018 年度まで毎年、世界各地より 12 名の作家を受け入れるアーティスト・イン・レジデンスの拠点に。2020 年度からは、スタジオ機能を残し、アーティストのキャリア育成のサポートや、子ども向けのアートプログラムなどを実施している

「違い」を強調する世界で何ができるか

2019年にシカゴの大学院を修了し、2020年からはロンドンを拠点に活動する小林さん。今回の展覧会のテーマにも、こうした生い立ちや海外経験が関わっている。

海外で、小林さんは自身のなかにある自然観やアニミズム的な感覚の大切さ、日本らしさに気づいた。しかし、改めて振り返ると、日本の大多数の人にとって信仰や宗教という話題はあまり身近とは言えない。とくに小林さんの子ども時代には、宗教的な背景を持つテロ事件などがあり、宗教へのネガティブな印象が強かった。ただ、日本にはいまも神道や仏教に基づく行事や慣習は多い。小林さんはそのギャップが気になっていた。

また近年、世界的に価値観や信念の違いによる分断が相次いだ。トランプ元米大統領の排他的な政策、Black Lives Matter運動などに加え、イギリスのEU離脱(Brexit)やアジアンヘイトクライムは、ロンドンの小林さんにも切実な問題だ。「誰が敵で味方か、どこに壁を立てて立てないか、そうした判断や決断を強いられ続けた数年間だった」

そんな個人の関心や社会状況に対して何かアウトプットをしたいと考えていたとき、今回の会場となったセント・セイヴィアー教会のオーナーが、「うちでやっていいよ」と言ってくれた。じつはこの建物、1980年に教会としては閉鎖。その後、アーティスト支援の場に使われており、現在は小林さんを含め約15名の表現者が使用するスタジオなのだ。

教会の庭ではさまざまな植物が育ち、スタッフやアーティストが世話をするのが日課となっている

こうして日頃から感じていた問題意識と響き合う会場が決まったことで、展覧会が具体的なかたちとなっていった。出品作家には、自身と同じ移民や、若手を意識的に選んだ。その背景には、小林さん自身が日本を出ることで強く感じるようになった「社会への入り込めなさ」や、「自分の話や作品をもっと人に見てもらいたい」という思いもある。

同時に、展示空間に意識的という点も重視した。なんと言っても、会場は個性の強い歴史的な建造物だ。「作品を持ってきてただ置くのではなく、場所と関係を持てる人、そしてその表現を通して、社会や時代に何かを働きかけたいと考えている人を選びました」

作品と教会建築の相乗効果

それでは小林さんの案内で、会場の作品たちを見ていこう。

小林さん自身は3点の絵画作品を発表した。一番大きな《At conservatory》は、コロナ禍にロンドンに移り住み、心細い思いをしていた小林さんが、ロイヤル・ボタニック・ガーデンという植物園の温室を訪れ、その美しさに励まされた経験をもとにした作品だ。

小林みなみ《At conservatory》(2021年)

温室には、よく見ると二人の人物がいる。背景に隠れた人物が時間とともに徐々に認識される仕掛けは、小林さんが大きな絵によく使うものだ。そこには画像や映像が高速で行き来する現代にあって、あるものを長く見つめて何かを発見する体験をつくりたいとの思いもある。絵の具は透明性の高いものを使う。「親密で気持ちが丸出しになるような美しい瞬間は、ずっとそこにあるのではなく時間とともに移ろうもの」と小林さんは言う。

小林みなみ《Pearl at the window》(2021年)

もう一点の《Pearl at the window》は、小林さんの家族の猫がモデル。耳が聞こえない猫の彼女は、いつも窓辺で外を見ている。「そのとてもピースフルで、家族に平穏をもたらしてくれる光景を偶像的に描いた作品です」。こうしたシンプルな場面を象徴的に描いた小さな作品も、小林さんがよく使うスタイルのひとつだ。

《Sunbathing》は、犬が飼い主を見つめている情景を描く。「飼い犬が逆に人を見守っているような、立場が逆転したような光景を通して、動物の母性を表現しています」

ロザリン・ウィルソン《Ascend》(2021年)

今回の展示で唯一、移民ではなく故郷のロンドンで活動するロザリン・ウィルソンは、空間と調和するようなインスタレーションを得意とするアーティスト。

ゴシック建築の尖塔に向かって伸びる高い梯子の作品《Ascend》は、作家自身が一晩教会に宿泊した経験から発想された。段ボール製でいかにも登ることができない梯子は、教会という場で寓話的な雰囲気を持つ。

それと対になるような作品が、入口から続く通路に設置された《through stones, echoes, waves and wind》。これは観客の動きにセンサーが反応し、床の換気口から石が投げ込まれた音が響くサウンドインスタレーション。いわば観客の意識が梯子と換気口で上下に向けられる仕掛けだ。「ロズ(ロザリン)には、人は地上の表面に暮らしているけど、本当はそれより上や下にいろんな世界があるという考えがあるようです」(小林さん)

ロザリン・ウィルソン《nothing but earth and stone》

入口から最も遠いステンドグラスや磔刑図のある一角に展示されているのが、《Waning》と《nothing but earth and stone》だ。前者は、作家が道で拾い集めてきたものたちを平面に蝋で固定し、裏からライトで照らして輪郭を見せた作品。それらは人にゴミと看做され、捨てられたものだが、「磔刑図と併置することで、その光がまるで後光に見える」

対して《nothing but earth and stone》は、コンクリートでつくられた手から、路上で拾い集めてきた石が溢れている作品だ。手の平から何かが溢れ出す光景は、当然、磔にされたキリストの手の傷を連想させる。「この二つは、展示場所との関わりによって見え方がすごく変わった面白い作品群だと思います」と小林さんは話す。

移民として生きる作家の、多様な表現

サルヴィ・デ・セナは、今回の出品作家で唯一、小林さんが展示に当たって初めて知り合ったアーティストで、イタリア系移民の3世としてロンドンで活動する。今回は二画面で一組のアニメーション作品《dawncrusiser》を発表した。

片側の映像は、墓地で目の光る人影がうろつく場面。もうひとつは、地面に寝転んで見上げたような視点で、揺れるススキと夜空、満月を描く。映像で流される環境音は、実際に作家自身がよく行く墓地で収録してきた。

サルヴィ・デ・セナ《dawncrusiser》

「サルヴィは目には見えないけどそこにあるもの、たとえば霊や土に還った身体、歴史の重なりなどに興味があり、それを映像で表現したいと考えているようです」と小林さん。

同時に本作には、サルヴィが親しむゲイカルチャーの、ゲイ同士の出会いの場の空気感も反映されているという。「そうした自身のアイデンティに関わる文脈を取り込むことで、本作にミステリアスな印象や、何かが起こりそうな気配が与えられています。一方、それが会場の教会ともとても親和性が高いと感じ、彼を展示に誘おうと思いました」

グレイス・マッティングリー《Monster Shoes》(2021年)

グレイス・マッティングリー《Orange snake》(2021年)

アメリカのシカゴ出身でロンドンに住むグレイス・マッティングリーは、女性の身体や人と動物の交わりを描いてきた画家だ。出品作の一点《Monster Shoes》は、爪の生えたハイヒールを描いた作品。べつの《Orange snake》は、一見ヘビのいる風景だが、背景はどこか女性の裸体のようにも見える。

「彼女は、人間と動物という異質なものの関係や、女性の身体をこのように描くことで、見る人たちの間に議論を起こしたいと語っています。私も身体を描きますが、このように性的なアプローチはしないので、その点も彼女を誘った理由です」(小林さん)

一方、彼女は、朝の大切な時間だという瞑想に使う蝋燭を描いた《Small Candle》も出品する。いずれの絵画も暖色系の色彩や、ひとつのテーマをシンプルに扱う点が特徴的だ。

浜口京子《Leaf Post》(2021年)

最後のひとり、浜口京子は東京出身、ニューヨークで活動するアーティストで、郵便物に感光剤を塗布して、移動の軌跡を記録するような作品を制作してきた。教会の中央に置かれた今回の《Leaf Post》も、そうした手法に連なる作品だ。

同作で浜口は、人工植物の葉に感光剤を塗り、ニューヨークにある5つの宗教的な施設の光景を葉の上に刻印。その鉢をロンドンに輸送した。葉のモチーフは日本語で手紙を「葉書」と呼ぶことにちなむ。さらに、写真も葉も光に反応して姿や形を変えるものだ。

浜口の作品は小さく一点のみだが、教会の壁にある植物模様の装飾と響き合うと感じ、空間の中央に置いたという。「そのことで、作品をよりダイナミックに感じられるのではないかと考えました」と小林さんは話す。

私たちは、補い合いながら生きていける

浜口の例に見られるような展示作品と空間の関係や、出品作家それぞれの作品の有機的で相乗的な関係は、展示に当たって小林さんがとりわけ大切に考えたものだ。

「たとえば、サルヴィとグレイスの作品はともに瞑想的で超越的な対象を描いている。京子さんとロズの作品は壁の植物装飾と響き合い、ロズとグレイスと私の作品は人の内面を象徴的に扱う点が似ています。そんな風に個々の作品が隣人の作品と関わりながら、それまでにない見方や捉え方を可能にする空間がつくれたらと考えました」(小林さん)

ここで語られる「隣人」との関係性は、単に作品の解釈の拡張という意味を超えて、今回の企画の出発点にあるような価値観の異なるもの同士の軋轢という現実にも一石を投じるものだろう。「私たちはさまざまな点で違うけれど、敵対すべき存在ではなく、お互いに補い合いながらより良く生きていける関係にある。そのことを発信できたら」と小林さんは話す。

面白いのは、今回の作品群が、極めて個人的な領域を扱っているにもかからず、個人の内面に降りていく行為を通して、むしろ他者との共鳴や関係性を開いていることだ。そんな感想を伝えると、小林さんは、「社会の問題を扱ううえでも、ただそれを社会の問題として扱えば観客は置き去りになる。そうではなくて、大きな問題をパーソナルな領域まで引きつけることで、個人の問題や感覚がきちんと社会につながると思います」と答えてくれた。

教会内部の空間で、各作家の作品が接点を持ちながらストーリーを紡ぐように見える

個性も弱さもそのままにあれる世界

こうした個人性の重視は、最後まで一貫していた。

今年度の「I LOVE YOU」プロジェクトでは、「SDGs」の目標群に貢献する企画を公募条件としている。本展の応募にあたり、小林さんはそのなかで、「不平等(人や国の不平等をなくそう)」と「ジェンダー(ジェンダー平等を実現しよう) 」を対象とした。インタビューの最後にそれらの社会課題への思いを聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ジェンダーの問題でも、それを意識した展覧会だからといって、女性だけが参加する必要はないと思うんです。女性に対する差別と同じように、男性が“男らしくあれ”と言われることや、性的マイノリティの話題がタブー視されることも無くしたい。どんなセクシュアリティでも、弱さも含めて、その人がその人のままでいられることが大切だと思う」

このことはセクシャリティに限らず、本展が作家の選出に当たって重要視した、ルーツや世代間の「不平等」を無くしたいという思いともつながるだろう。

誰にでもある、他者が知り得ない心の領域。人が人生の「よすが」とする、そんなプライベートな世界に焦点を当てることで、「Beyond Each Other」展は、大きな社会課題に対する説得力のある発信を行っていると感じた。

小林みなみさん  写真:足立涼

 

写真:ベンジャミン・デーキン 文:杉原環樹 編集:中村志保