今は現地に行けないけれど……
「石巻に穏やかな海が戻ってきますように」
願いを込めて、笙とオーボエは音を重ねた。
復興支援コンサート
8月23日、日曜夕刻すぎの19 時から約2時間、笙(しょう)とオーボエの異色ユニット「Oriental-Occident(オリエンタル・オクシデント)」による、「復興支援コンサート」と題したライブ配信が行われた。日本の雅楽に用いられる笙の「Orient(東洋)」と、管楽器オーボエの「Occident(西洋)」の融合。ルーツの異なる2つの楽器が奏でる音色は、オンラインで被災地へ、そして海を越えて世界の人々に届けられた。
笙とオーボエ、めずらしい楽器の組み合わせ
都内某所のライブバーにて、華やかな浴衣に身を包んだ2人の奏者が、大きく空気を吸い込み、合わせた息を楽器に吹き込む。生まれも育ちも異なる2つの楽器が、洋の東西を超えて出会い、曲を奏でて東日本大震災の被災地の復興を祈った。
オーボエ担当の志村樺奈さんは、東京藝術大学音楽学部器楽科オーボエ専攻卒業後、現在は、東京藝術大学院音楽研究科器楽専攻修士2年に在学中。笙を吹く東田はる奈さんは、東京藝術大学音楽学部邦楽科雅楽専攻の出身。個々に演奏家として活動を続ける一方、2人は2017(平成29)年から「Oriental-Occident」というユニットを組んでいる。器楽科と邦楽科という、あまり接点のない2人がお互いの存在を知ったのは、藝大1年次の課外活動。その後、3年次の藝祭(藝大の文化祭)のゲリラライブにて好評を博し、デビューを果たした。
「初めて東田さんの笙の音を聴いた時、鳥肌が立ちました。空気が一変して、天から何かが降ってきたような雅楽の世界に包まれました」(志村さん)
「笙はマイナーな楽器で、一緒に演奏することを躊躇する人も多い。でも恐る恐る声をかけたら志村さんが『いいよー、やってみよう』と気軽に受け入れてくれてホッとしました」(東田さん)
両者、お互いの音を求めての出会いだった。とはいえ、笙とオーボエの組み合わせは極めてめずらしい。笙とオーボエのために書かれた曲も、武満徹作曲「Distance」、藤倉大作曲「Breathing Tides」など数えるほどで、こうしたデュオを組む演奏家もほとんどいない。音にもそれぞれ特徴があり、オーボエは『白鳥の湖』の有名なメロディーに代表される哀愁漂う音色が際立ち、その音には芯がある。一方の笙は、平安時代の貴族たちが「天から降り注ぐ光のような音」と称したように、空間自体が鳴り響くイメージで、吸っても吐いても同じ音が出せるので、息継ぎなしで途切れず音を出し続けることができる。
被災地の人々の心を癒やしたい
今回のコンサートは全8曲。耳馴染みのあるポップスのアレンジや、笙とオーボエの編成のために書かれた作品に加え、それぞれの楽器や曲に関するレクチャーを交え、雅楽で受け継がれてきた日本の心を伝えたいと考えた。和楽器は海外からの注目度も高い。
いつもオープニングで演奏する「もののけ姫」。穏やかな大海原を想起させるオリジナル曲「水鏡」。故郷に思いを馳せる「ふるさと」。夏の代表的な雅楽の調子にオーボエの即興をのせた「黄鐘調のシルクロード」。西洋のクラシック音楽「G線上のアリア」。CMソングでおなじみの夏らしい「海の声」。一歩一歩進む姿勢に願いを込めた「涙そうそう」。エンディングには東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」を選んだ。
「被災地の人々の心を癒やすことが一番の目的だったので、ゆったりとした曲調、心に響く曲を選びました。笙がキラキラと光る水面だとしたら、オーボエはその上に流れる風のよう。穏やかな海を取り戻すという復興支援の趣旨に沿えるのではと思いました」(志村さん)
「雅楽をベースに西洋のオーボエが加わると、こんな響きになるんだ、と自分でも驚くことがあります。雅楽は平安貴族の嗜みとして育まれた文化で、雅を追求し、美しさを求める。作法や心構えもあるのですが、人の気持ちを穏やかにするという願いは変わらない。演奏では2つの音がそこに向かって響き合うことを意識しました」(東田さん)
ワークショップでは、雅楽の代表的な調子を奏で、音から四季を当ててもらうクイズを出題した。雅楽には、春は双調(そうじょう)、夏は黄鐘調(おうしきちょう)、秋には平調(ひょうじょう)、冬は盤渉調(ばんしきちょう)を用いるという、季節を意識した風習がある。ヒントとしてオーボエのリードで、鶯のさえずり、日暮(ひぐらし)の鳴き声を重ね、ユーモアを添えた。また復興支援の意味を込めて、宮城に関するご当地クイズも出題。オンラインでメッセージも飛び交い、活気と笑顔あふれる2時間になった。
きっかけは演奏会で訪れたときに見た海
2年前の秋、志村さんは別の演奏会で宮城県石巻市を訪れた。津波の避難場所になった高台の日和山公園(ひよりやまこうえん)に足を運んだ際、迫り来る津波をただ見守るしかなかった人たちを思い、胸が苦しくなった。演奏会では地域の方々が温かく迎えてくれて、海産物をはじめとする食べ物も美味しく、この地のことが心から大好きになった。そして「I LOVE YOU プロジェクト」のテーマを聞いたとき、真っ先にあの海が目に浮かんだ。
準備中、慣れない土地でのホール探しに苦労した。そして突然降ってわいたコロナ禍。4月の時点で、5月の予定だったコンサートを11月に延期。ここでも会場探しに苦労したが、コロナ第2 波の影響を鑑みて、年内の宮城への訪問を断念。オンライン配信に切り替えた。来年、2011(平成23)年の東日本大震災から10年を迎える。
「記憶から消去してはいけない。そのためには、それぞれが思いを紡いでいかなければならないと思います。私たちもできる限り、忘れ去られないための活動をしていきたい。現地での演奏は叶わなかったけれども、コロナが落ち着いたら、必ず私たちの奏でる音を生で聴いていただきたい」(志村さん)
「私は神戸出身で、阪神淡路大震災の直後に生まれたのですが、子どもの頃から地震の怖さを親からずっと聞かされてきました。忘れてはいけないと思うと同時に、自分たちが生きていることへのありがたさを感じる。だからこそできる限り、音楽で力になれたらいいのではないかと思います」(東田さん)
コンサートの告知が『河北新報』に掲載され、被災地のみならず、東北全体で多くの人々が視聴した。また台湾ほか、外国からの参加も2桁に達し、海を越えた人々が一緒に耳を傾けた。配信は17LiveとYouTubeで視聴無料、そして17Live配信中に受け取ったギフトの全額1万2,777円を、災害義援金として被災地に寄付することになった。
「芸術は人を愛する」とは
「I LOVE YOU プロジェクト」は「芸術は人を愛する」をテーマにしているが、今回、音楽を通して復興支援に関わった2人に、改めてその解釈を聞いてみた。
「私には過去に音楽に救われたことがたくさんあります。音楽が生きる力や勇気、癒やしを与えてくれる。それが自分の生きる源になる。音楽に愛されているから自分は生きられるのだと思います。このコンサートは復興支援の形ではあったけれど、逆に私たちにとって、貴重な人生経験になりました」(志村さん)
「最近思っているのが、洋の東西、クラシック、ロック、J-POP、国も地域もジャンルも違うけれども、音楽が目指すものは本質的に一緒なのではないか、ということ。それは自分も含めて、聴いている人を幸せにすること。それが愛することであり、音楽そのものなのではないかと思います」(東田さん)
写真:高橋マナミ 文:永峰美佳 編集:小林沙友里