2020年の釜石の日常を、土偶にする。
いつか発掘されたとき、今日の暮らしはどう映るだろう。
よろず屋イマシン
2020年2月9日~16日、岩手県釜石市の釜石市民ホールTETTOに、パフォーマンスプロジェクト「居間 theater」が「よろず屋イマシン」をオープン。来場者と土偶をつくり、それを展示するワークショップを行った。芸術は他者と対話するツールにもなり得るもの。釜石の人々が土偶に込めたよろずの記憶は、遠い未来へと伝えられる。
土偶を介してよろずの記憶を扱う
東京から東北新幹線、釜石線と乗り継ぎ、約5時間半。釜石駅に降り立つと、すぐ向かいにある日本製鉄の製鉄所からもくもくと出る白い煙に目を奪われる。幕末に日本で初めて鉄の連続生産に成功した近代製鉄発祥の地、鉄都である釜石は、豊かな漁場もあることから「鉄と魚の町」といわれる。東日本大震災では大きな被害に遭ったが、昨年はラグビーワールドカップの試合も行われ、復興への歩みを大きく進めている。
そんな釜石の中心部にある釜石市民ホールTETTOで、釜石市と東京大学社会科学研究所による危機対応研究センターが主催するイベント「記憶の社会的チカラ」の一部として、「よろず屋イマシン」なるものが開かれていた。来場者は「日常の一コマ」をテーマに粘土で土偶をつくり、出来上がった土偶はタイトルやコメントとともに展示される。どうしても持ち帰りたいという希望がなければ、最終的に「宝来館」(東日本大震災で津波にのまれた女将さんが奇跡的に助かったことで知られる旅館)の近くの山に埋めるという。
「よろず屋イマシン」を展開した居間 theaterは、演劇やダンスを背景にもつメンバーを中心とした4人によるパフォーマンスプロジェクト。2013年に東京・谷中のHAGISOで始動し、音楽家や美術家、建築家など分野の異なる専門家との共同制作や、カフェ、ホテル、区役所などの“場”そのものともコラボレーションしてきた。誰でも参加可能でありながら現実を異化させるような体験型作品を特徴としている。
メンバーの山崎朋さん、稲継美保さん、東彩織さんは東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文化学専攻芸術環境創造分野を修了。山崎さんは身体表現や振り付けなどを行ない、藝大の大学院国際芸術創造研究科で教育研究助手も務める。稲継さんは俳優として活動。東さんは演劇・アートプロジェクトの運営スタッフなどを行ない、音楽環境創造科教育研究助手を務める。宮武亜季さんは演劇の制作やアートプロジェクトのマネジメントを行なうほか、千葉県松戸市のアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」の運営にも携わる。
「それぞれが別の仕事をもちながら活動していて、居間 theaterの中では役割分担はあまりされなくなってきています。基本的には各自得意なことをやって、全体的な考え方やコンセプトはみんなで決めています」とは東さん。今回「記憶を扱う」というお題に対して「土偶」を提案したのは稲継さんだという。
「去年メキシコの国立人類学博物館を見学していた時に、一体の土偶と目が合った気がしたんです。これって何千年も前の人がつくったもので、当時そのつくり手の目線があったはず。それがこの土偶を介して自分と目が合ったと思うと、そのスケールの大きさに感動して。それから土偶に対して感覚が開いて、子供を抱いてるとか踊ってるとか、なんとなくイメージがふくらむようになったんです。ちょうど釜石で何をやるか考えていた時で、東北地方は貴重な土偶が出土していたりもするので、キャッチーではないかと」(稲継さん)
「実際にやってみると、土偶を埋めて、数千年後に未来の人が発見して、私たちの日常を想像するかもしれないっていうコンセプトをみんなわりとすぐ理解してくれて、面白がりながらも真剣に取り組んでくれましたね」(東さん)
「よろず屋イマシン」というプロジェクト名は、釜石にかつて「及新(オイシン)」というよろず屋があったことにちなんでいる。「日常の一コマといっても、ヨガを頑張ってるという人もいれば、世界平和という人もいて、それを等価に扱うのがポイント。よろず屋のオイシンさんでは、リクエストがあれば食べ物以外何でも仕入れていたそうで、学生服、鉛筆、ひな人形とかもいっしょくたにごちゃっと並んでたんだろうなと。記憶もそういうものなんじゃないかと思いました」(稲継さん)
山崎さんと稲継さんは普段ダンスや演劇に携わっているが、今回は一見する限り、そうしたいわゆるパフォーマンスの要素は見当たらない。「『パフォーマンスプロジェクト 居間 theater』という告知を見て、ストリートダンスを踊ると思っていたという人もいました(笑)」(宮武さん)
「居間 theaterでダンス作品をつくっていたこともありますが、最近は場所をつくることが多くて、そこでは作品として自覚的に振る舞うことが『パフォーマンス』になっています。『上演』とも呼んでいますね。4人とも演出家であり俳優であるとも言えます。美術家でもなければ土偶専門家でもない私たちですが、土偶の何が面白いのかということにはっきりと自覚的で、モチベーションをもてば、このワークショップは成立すると思いました。わかりにくいかもしれないけれど、そういうつくり方自体を発明したいと考えています。実際土偶についてはかなり調べて、私自身もどんどん楽しくなりました」(稲継さん)
「I LOVE YOU プロジェクト」としてやる動機
「I LOVE YOU プロジェクト」は「芸術は人を愛する」をテーマにしているが、今回はそれをどのように解釈したのだろうか。
「やはり釜石でやるということが一番重要で、かつ難しいところでした。4人とも釜石に来たのは2019年の下見が初めてで、震災関連の施設や慰霊碑なども見て回りましたが、外から来た人が直接的に扱えるものでもなくて。そういう時に、芸術的な方法を他者を想うためのツールとして使うことは一つの大事な前提でした。今回私たちは土偶を釜石への触れ方というか、愛し方として使いましたが、危機対応学の先生たちは15年ほど釜石で聞き取り調査をするなど研究者なりの触れ方をしていて、彼らには彼らの釜石の愛し方があると思いました」(東さん)
「artの語源はラテン語のarsで、その意味は『技』。私たちはダンスや演劇をやるなかである種の技を身につけてきましたが、それを使って場所を開くことが私たちの作品の核であると言えます。外部の人間にしかできない場所の開き方もあって、その時には技が必要。それがないと人の気持ちを踏みにじったり鈍感になってしまったりするのではないかと。釜石ではよく津波の時の話が出ますが、私たちは直接体験していないので、決して当事者にはなれない。でも、土偶をつくりながらポツポツそういう話が出てきたら聞くことができたり。土偶を介してだったらそのことに触れられる、想像できるところがあると思います」(稲継さん)
「愛するって一方的な自分のエゴになることもある気がします。たくさんのアーティストが良いことをしたいと思ってある地域に入っていくと思いますが、それが実はアーティスト側の都合によるものになってしまうケースもあるのではないかと。そこで関係をつくっていく時に、直接対面するのではなく、何かを介してコミュニケーションを広げるというのも一つの方法かもしれません」(山崎さん)
芸術に「愛」を感じる時
「I LOVE YOU プロジェクト」にちなんで、芸術に「愛」を感じる時があるとしたらどんな時だろうか。
「数千〜一万年前に人間が手を動かして土偶をつくっていた身体感覚があって、今自分たちが土偶をつくることで、そういう身体的な感覚も少なからず感じられるように思います。その長い時間軸の中に自分を置くことで、自分がここにいていいと肯定されるような感覚になることがある気がします」(山崎さん)
「個人的な話ですが、私は実はものすごく人見知りで、まずちょっと怖いという感情をもってしまうんです。当然ながら、他者は自分と違う。だから、わからなくて怖い。本当は他者であることを全面的に肯定してお互いリスペクトし合いたいけど、なかなか難しくて。それを実感レベルでやっていく時に、技が必要なんです。今回土偶はとても良いきっかけになっていて、つくったものに対しては素直に素敵と言える。そしてお互い少しずつオープンマインドになっていく。他者を愛するツールとして、この技を学んでよかったなと思います」(稲継さん)
「いい作品をつくるアーティストには、こんなことをやってのけてくれてありがとうっていう気持ちがすごくありますね。そのスピリットを私も思い出すよ!と。愛というか感謝というか励まされるというか。それは今回の危機対応学の先生たちやほかの業種の人たち、過去に生きた人たちにも思うことですね」(東さん)
写真:高橋マナミ 文:小林沙友里